自分の気持ちを整理するために、そして先生がこんなに愛されていたことを発信するために、upします。
大学オケで4年間お世話になった、指揮者の鎌田由紀夫先生が1月6日、ご逝去された。
昨年末に脳溢血で倒れ、意識が戻らないままだった。
49だか、50だか、とにかくまだまだ若かった。
これからもっともっと「脂が乗って」来るときだったはず。
早すぎた。それに、急すぎた。
だって10月には、オケ同期の結婚式のために撮影したビデオレターで元気そうに飲んでたんだもの。
お酒とタバコが大好きだったから。
多忙な生活だったから。
先生の指揮はいつも全力だったから。
知らず知らずのうちに、体に負担が来ていたんだろう。
また会えると勝手に思っていた。
1年以上お会いしていなかったし、この先会う予定は立っていなかったけれど、
いつかまた会えるはずだった。
OBオケやろうって、関東支部と盛岡支部で練習しといて、ゲネ本で合わせればいいよって。
先生に振ってもらえると信じ込んでいた。
でもそれをきちんと企画するのを先延ばしにしていた。
もすこし真剣に動いてればよかったなーとか
今になって悔やんでももう遅い。
動いてたからといって、先生の運命が変わったかというと、それはわからないけれど。
倒れたって聞いたとき、意識が戻ったとしてももう以前のように指揮を振ることはできないのだろうなとは思っていた。
でも、それでも生きててほしかった。
生きてれば、先生ならもしかして何とかして振り続けるんじゃないかとか、すごく勝手だけど、そんなふうに思っていた。
亡くなったって聞いたときは、全く実感がわかなかった。
自分の読み間違いじゃないかと、メールを何度も見返した。
どうやらそう書いてあるのは間違いないと納得して、弔電のことをMLで流そうと思って、
でも送信ボタンを押す前に、もっかい、本当に読み間違いじゃないかと確認して、
送ってからも、誰かが「まりりん何言ってんの?」と突っ込んでくれることを期待して。
でも話は着々と進んで、そのまま弔電を打ってしまった。
さすがに最後の注文ボタンを押したときは、ぐっときた。
ああわたし本当に、鎌田先生にお悔やみの言葉を送ったんだなーって。
検索してみたら、何件か先生の訃報について触れているブログなどがあった。
そういうのを見てたら、ようやく少しずつ実感がわいてきた。
本当に本当のことだったんだなぁと痛感させられた。
「弔電なんか送るんじゃないよ!僕まだ生きてるのにさ〜」
って先生が怒りながらも笑ってくれるんじゃないかと、往生際悪くまだ心のどっかで期待していたわたしにとっては、辛い確認作業だった。
でも、先生が、皆に本当に愛されてたんだなぁというのがすごくよくわかって、
だからわたしもこうして発信しようと思った。
先生の音楽が、わたしのオケ人生にすごく影響している。
経験したステージの大半が鎌田先生の指揮だし、
あの熱い指揮が大好きだった。
先生の音楽はいつも温度が高かった。
お蔭様で熱い演奏が好みになってしまった。
サマコンではコンマスのソロ指導までしてくれた。
正直どうしようもなかったわたしたちを最後まで見捨てなかった。
自信が持てずにいたロメジュリの最後の木管のコラールを「僕は好きだよ」と言ってくれた。
それに応えようと思った定演、
当日のリハが押しまくった。
いつも早めに終わるからと楽観視してタイムテーブルを組んでいたわたしは、ステマネGさんに怒られた。
でも、「それくらいお前たちは鎌田先生の何かを動かしたんだ」と言われた。
本番の先生の気迫は、今でもすぐに思い出せる。
リエンツィから飛ばしまくっていた。
途中で「これじゃ最後までもたない」と自分で思った、と、打上げで言っていた。
本番中に3回泣いた、と言っていた。
CDには先生の唸り声やブレスがばっちり入っている。
技術的には足りないことだらけの演奏だけど、わたしにとってはたぶん、生涯でいちばんの演奏になると思う。
合奏の合間の休憩時間に、外でタバコ吸いながら談笑してた先生。
授業の間は学食でスコア広げてた先生。
飲み会ではずっとビールだった先生。
わたしたちと一緒になって冗談言ったりふざけたりしてくれた先生。
なんでも心意気でカバー!みたいな熱血さを、受け入れて応えてくれた先生。
学生オケの醍醐味を120%味わえたのは、指揮が鎌田先生だったから。
少しずつ実感はわいてきたと書いたけれど、
「残念だ」とかは思えても、
まだまだ「悲しい」と思えない。
涙も出てこない。
そこまで気持ちが追いついていってない。
今、お世話になったOB・OGで連絡を取り合っている。
こんなことで発揮したくなかったけど、ものすごい結束力。
情報の集約と発信がスムーズに行われ、着々と事が進んでいっている。
先生のために皆がこうしてひとつになっているということに、不謹慎ながら感動すらおぼえる。
とにかく音楽を続けていこうと思う。
先生からもらった音楽を、自分も誰かに届けていきたいと思う。
ご冥福を、お祈りいたします。














































籐の




買いました!





その、小演に出た日はうちの相方とうちの代のパーカスの子の